建設現場のデジタル化が進み、図面や工程表、工事写真、施工記録、BIM/CIMデータなど、多くの重要情報がパソコンやスマートフォン、クラウド上で扱われるようになりました。その一方で、従来からある端末・書類の紛失やSNSへの写真投稿だけでなく、ランサムウェア、取引先を経由した攻撃、クラウドアカウントの不正利用など、建築業・建設業が向き合うリスクも複雑化しています。
日本建設業連合会(日建連)も、DXに伴うICT活用の拡大によってサイバー攻撃のリスクが急速に高まっているとして、協力会社を含めた継続的な対策強化を呼びかけています。
そこで今回は、建設業界で働く人・これから働きたい人に向けて、「建設現場における情報セキュリティガイドライン」の考え方を軸に、現場特有のリスク、いま求められる具体策、そして今後の建設業の情報管理がどのように変わっていくのかを施工王が詳しく解説します。
建築業・建設業でセキュリティ対策が急務となっている理由
建設現場では、多数の企業・人・機器が一つのプロジェクトに関わり、工期の進行とともに関係者も変化します。デジタル化による生産性向上が進むほど、情報を安全に扱う仕組みを現場全体で整える重要性も高まっています。
建設現場は「人・会社・端末・データ」が絶えず入れ替わる
一般的なオフィスと建設現場では、情報を扱う環境が大きく異なります。建設現場では元請会社だけでなく、専門工事会社、設備会社、資材会社、設計者、発注者など、多数の関係者が一つのプロジェクトに参加します。しかも、着工から竣工まで同じ人が同じ場所で仕事を続けるとは限りません。工事の進捗に応じて業者や作業員が入り、担当業務を終えれば現場を離れていきます。
その中で扱われる情報は、図面や工程表、工事写真、打ち合わせ記録だけではありません。日建連は、発注者・近隣住民・工事関係者の個人情報、建物内部や設備の状況、施工技術やノウハウ、関係各社の管理情報なども「守るべき工事情報」と整理しています。つまり、現場のタブレットに保存されている一つの写真や共有フォルダ内の図面も、外部へ流出すれば発注者や複数の取引先に影響を及ぼす可能性があります。
さらに、建設現場はプロジェクトごとに開設され、竣工すれば閉所する期間限定の事業拠点です。仮設事務所ではネットワークや端末の増設・移設も発生しやすく、本社の固定オフィスとまったく同じ環境を用意できるとは限りません。そのため、「会社全体では対策しているから大丈夫」ではなく、現場ごとに扱う情報、利用者、機器、通信環境を確認する必要があります。
施工王として特に重要だと考えるのは、情報管理を情報システム部門だけの仕事にしないことです。実際に図面や写真、工程表を日々扱い、協力会社と情報を共有するのは施工管理者や現場所長、現場スタッフだからです。建設現場のセキュリティ対策は、現場運営そのものの一部として考える必要があります。
DX・BIM/CIM・クラウドの普及で守る範囲が広がった
建設業ではいま、生産性向上や人手不足への対応を背景に、デジタル技術の活用がさらに広がっています。国土交通省は「i-Construction 2.0」において、2040年度までに建設現場の省人化を少なくとも3割進め、生産性を1.5倍に高める目標を掲げています。その施策の一つが「データ連携のオートメーション化」であり、BIM/CIMによる調査・測量・設計・施工・維持管理をまたいだデータ共有も重要な柱です。
これは建設業にとって大きなメリットです。紙図面を持ち歩かなくても現場で最新図面を確認でき、遠隔地から進捗を把握し、発注者や設計者、施工者が共通データを使って仕事を進めやすくなります。
しかし、データがつながるということは、守るべき範囲も広がるということです。クラウドストレージ、施工管理アプリ、スマートフォン、タブレット、ネットワーク機器など、一つでも管理が甘い箇所があれば、そこが侵入経路や情報流出のきっかけになり得ます。日建連も2026年1月、DX推進に伴ってICT活用が拡大する一方、サイバー攻撃のリスクも急速に高まっているとの認識を示しています。
また、日建連の「建設現場ネットワークガイドライン」は2024年12月の改訂で、利用が拡大するオンラインストレージなどクラウドサービスに関する内容を追加しました。同資料が強調しているのは、示された内容はあくまで最低限の対策であり、それだけでリスクがなくなるわけではないという点です。プロジェクトの条件、新しいサービス、新たな脅威に応じて追加対策を考える必要があります。
つまり、デジタル化とセキュリティは相反するものではありません。安全にデジタル技術を使える環境を整えてこそ、建設DXの効果を安定して享受できるという関係にあります。
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「建設現場における情報セキュリティガイドライン」の全体像
日建連が整備する資料は一冊だけではありません。現場全体、元請会社、協力会社、ネットワーク、スマートデバイスという切り口で資料が用意され、建設現場の情報管理を多面的に支える体系となっています。
現場・元請・協力会社・ネットワークを複数の資料でカバーする
「建設現場における情報セキュリティガイドライン」は2008年に初版が発行され、2020年の改訂を経て2024年2月に修正されています。日建連は、建設現場でコンピュータ利用が不可欠になる一方、情報漏えいやウイルス感染などのリスクも増大しているとして、建設業特有の生産拠点である「現場」に焦点を当ててこの指針を整備しています。
さらに2026年10月時点では、元請会社向けと協力会社向けの資料が2026年9月に修正されており、より新しい環境を踏まえた体系になっています。
| 日建連の主な資料 | 直近の改訂・修正 | 主な役割 |
|---|---|---|
| 建設現場における情報セキュリティガイドライン | 2024年2月修正 | 現場における情報管理体制や運用手順の基本を整理 |
| 元請会社における情報セキュリティガイドライン | 2026年9月修正 | 元請会社が確実に実施すべき対策を整理 |
| 協力会社における情報セキュリティ対策について | 2026年9月修正 | 協力会社の対策強化を支援するための考え方と具体策 |
| 建設現場ネットワークガイドライン | 2024年12月改訂 | 現場ネットワークの構成、導入、維持管理を整理 |
| 建設現場におけるスマートデバイス利用に関するセキュリティガイドライン | 2024年2月修正 | スマートフォンやタブレット利用時の基本的な注意点を整理 |
ここで重要なのが、元請会社だけが十分な対策をすれば終わりではないことです。元請会社のシステムが堅牢でも、図面を共有している協力会社のアカウントや端末が侵害されれば、そこから情報が漏れる可能性があります。反対に、協力会社だけでは現場全体の利用者や権限を統制できません。
そこで、元請会社が現場全体の基準を定め、協力会社がその内容を理解して実行し、ネットワークやスマートデバイスについても共通ルールを設けるという「重層的な管理」が必要になります。これは多重下請構造を持ち、多数の会社が共同して一つの建造物をつくる建設業だからこそ重要な考え方です。
情報資産の把握から教育・事故対応・閉所まで一連で管理する
セキュリティ対策というと、「ウイルス対策ソフトを入れる」「パスワードを複雑にする」といった技術面をイメージする人も多いでしょう。しかし日建連の考え方は、もっと広いものです。
まず重要なのは、何を守るのかを把握することです。図面、工程表、写真、打ち合わせ記録、個人情報、技術情報などを洗い出し、重要度を考えます。そのうえで責任者を定め、利用者や利用範囲を決め、必要な対策を実施する。そして社員・作業員への教育、運用状況の確認、事故が起きた場合の対応までを一つの管理サイクルとして回します。
協力会社向けの最新資料では、対策を「管理体制の構築」「具体的な施策とルール化」「教育」「事故発生時の対応」という形で整理しています。また、経営者が重要性を理解したうえで責任者・担当者を配置し、定期的に状況を確認して改善することが示されています。
これは建設現場の安全管理と考え方が似ています。安全ルールが文書化されていても、朝礼や新規入場者教育が行われず、現場で守られていなければ事故防止にはつながりません。情報管理も同様です。ルールを作るだけでなく、「誰が」「いつ」「何を確認するか」まで現場業務に組み込んで初めて機能します。
また、工事終了時も重要です。必要がなくなったアカウントや共有権限を残したままにしたり、不要なデータを端末やクラウド上に残したりすれば、竣工後もリスクは続きます。着工前から工事中、竣工・閉所までを通じて管理するという発想が、建設現場におけるセキュリティ対策の基本です。
建設現場で想定される主な情報セキュリティリスク
現在の建設業が警戒すべき対象は、端末の紛失や誤操作だけではありません。ランサム攻撃、取引先経由の侵害、脆弱性の悪用など、外部からの攻撃と内部で起こる事故の双方を想定する必要があります。
ランサムウェア・脆弱性・クラウドアカウントの侵害に備える
IPAが2026年1月に公表した「情報セキュリティ10大脅威 2026」の組織向け項目では、「ランサム攻撃による被害」が第1位、「サプライチェーンや委託先を狙った攻撃」が第2位となりました。さらに「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が初めて第3位に入り、「システムの脆弱性を悪用した攻撃」が第4位となっています。これは建設業だけを対象にした順位ではありませんが、企業が現在考慮すべき脅威の変化を知るうえで重要な指標です。
なかでもランサムウェアは、建設業にとって深刻です。警察庁によれば、2025年に企業・団体から報告されたランサムウェア被害は226件でした。手口を確認できた153件のうち136件、88.9%が、データを暗号化するだけでなく窃取した情報の公開も材料に金銭を要求する「二重恐喝型」でした。被害は大企業64件、中小企業143件、その他団体19件で、企業規模を問わず発生しています。
さらに、感染経路について回答が得られた92件のうち、VPN機器を利用して侵入された事例が61件、66.3%。リモートデスクトップサービスを利用された事例が19件、20.7%でした。警察庁は、こうした機器の脆弱性や弱い認証情報を利用した侵入が大半を占めるとしています。
| 2025年のランサムウェア被害 | 警察庁が確認した状況 |
|---|---|
| 被害報告件数 | 226件 |
| 手口を確認できた被害 | 153件 |
| うち二重恐喝型 | 136件・88.9% |
| 中小企業の被害 | 143件 |
| 感染経路調査でVPN機器経由 | 61件・66.3% |
| 感染経路調査でリモートデスクトップ経由 | 19件・20.7% |
建設現場でランサムウェア被害が発生すれば、単なる情報漏えいだけでなく、図面を開けない、工程表を確認できない、写真や施工記録を参照できない、協力会社とのデータ共有が止まるといった業務停止につながり得ます。施工管理がデジタル化するほど、「情報を守る」だけでなく「止まった業務をどのように復旧するか」まで考えることが欠かせません。これは、日建連がバックアップと復旧訓練を対策に挙げている理由でもあります。
紛失・SNS投稿・私物端末・協力会社経由の事故も見逃せない
サイバー攻撃ばかりに注目すると、建設現場で昔から起きている情報事故を見落としかねません。日建連は、建設業では従来、図面やパソコンの紛失、SNSへの工事写真投稿など、内部関係者の過失による事故が多かったと説明しています。
例えば、施工状況をスマートフォンで撮影すること自体は珍しくありません。しかし、その写真に建物内部の設備、発注者情報、図面、ホワイトボード、入退場者名簿などが写り込んでいれば、想定以上の情報が外部へ出てしまう可能性があります。工事写真を個人的なSNSに投稿したり、私物スマートフォンへ業務データを保存したりする行為も同様です。
日建連は、私有のパソコン、USBメモリ、外付けハードディスク、スマートフォンなどに業務データを保存せず、対策された会社貸与機器を利用することを対策例として示しています。端末や書類を社外へ持ち出す場合には、持ち出しを必要最小限にし、状況を管理すること、端末のロックやストレージの暗号化を行うことも挙げています。
現場で想定したいリスクを整理すると、次のようになります。
| 主なリスク | 建設現場で想定される場面 | 主な対策 |
|---|---|---|
| ランサムウェア | 現場PCやサーバー、共有データが使用不能になる | 更新管理、EDR、バックアップ、復旧訓練 |
| 取引先経由の侵害 | 協力会社のアカウントから共有環境へ侵入される | 権限管理、協力会社との共通ルール、連絡体制 |
| 端末・書類の紛失 | タブレット、スマートフォン、図面を置き忘れる | 持ち出し管理、暗号化、画面ロック |
| SNSへの投稿 | 工事写真から建物内部や関係者情報が流出する | 投稿ルール、教育、撮影対象の確認 |
| 私物端末の利用 | 個人端末に図面や工事写真が残る | 原則として会社管理端末を利用 |
| クラウドの不適切利用 | 共有設定やアカウント管理の不備で情報が露出する | 承認サービス利用、認証強化、権限・ログ管理 |
| AIサービスへの入力 | 未承認サービスへ図面や議事録を入力する | 利用可能なサービスと入力可能情報を明確化 |
最後のAI利用については、とりわけ今後の課題です。IPAが2026年に「AIの利用をめぐるサイバーリスク」を組織向けの主要な脅威として初選出していることを踏まえれば、建設会社でも「どのAIを業務に使えるのか」「機密情報や個人情報をどこまで入力してよいのか」を明文化していく必要があると施工王では考えます。
最新の情報セキュリティ対策で押さえたい実務課題
現在は「侵入を完全に防ぐ」ことだけを目標にするのではなく、侵入や事故が発生する可能性を前提として、被害の拡大を防ぎ、早期に発見し、業務を復旧できる体制まで整えることが重要になっています。
「防ぐ」だけでなく「止める・発見する・戻す」まで考える
日建連が2026年9月に修正した協力会社向け資料を見ると、現代の対策が「ウイルス対策ソフトを入れて終わり」ではないことが分かります。
まず侵入口となり得るRDPやインターネットVPNなどを確認し、不要な通信経路を閉じたり、脆弱性を解消したりすることが挙げられています。そのうえで、端末内で不審な動きを捉えるEDRの導入、管理者権限の適切な管理、バックアップの複数取得、定期的な復旧訓練、サーバー・ネットワーク機器・パソコンの監査ログ取得などが示されています。
ここで特に注目したいのが「復旧訓練」です。バックアップを取っているだけでは、緊急時に本当に復元できるとは限りません。バックアップデータが破損していたり、同じネットワーク内に置かれて一緒に暗号化されたり、復元方法を担当者しか知らなかったりすれば、業務再開まで時間がかかります。日建連はオンラインまたはオフラインのバックアップを複数確保することが望ましいとし、定期的に復旧できることを確認する必要性を示しています。
IPAも2026年3月に「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」を第4.0版へ改訂し、基本的な対策に「バックアップを取ろう!」を追加しました。背景には、ランサムウェア被害が情報漏えいにとどまらず、企業活動そのものの停止にまで及ぶようになっていることがあります。
現場目線で言い換えれば、「侵入されないようにする」「侵入されても広げない」「異常に早く気付く」「必要な情報を戻せる」「誰に連絡するか分かっている」という一連の準備が必要だということです。
事故発生後に責任者の電話番号を調べたり、どの取引先へ連絡するかを考えたりするのでは遅すぎます。日建連も、事前に緊急時の連絡体制、復旧・業務再開手順を整備し、元請会社や影響を受ける取引先へ迅速に連絡するよう示しています。
協力会社を含めたサプライチェーン管理が中心課題になる
建設業にとって、もう一つ避けて通れないのがサプライチェーン全体の対策です。
大規模な建設プロジェクトでは、一つの元請会社だけで工事が完結することはありません。一次協力会社、その先の二次・三次協力会社など、多くの会社が関係します。図面や工程、施工写真などを各社がやり取りする以上、一社の対策不足が他社へ波及する可能性があります。
IPAも2026年10月の注意喚起で、自社システムだけを見るのではなく、情報を共有する取引先や委託先と連携し、サプライチェーン全体のリスクを把握する必要があるとしています。
だからといって、元請会社が協力会社に一方的に高額な設備導入を求めればよいわけではありません。日建連の協力会社向け資料では、対策強化を求める際、要請方法や内容が独占禁止法上の優越的地位の濫用とならないよう注意する必要性も明記されています。
実務では、まず「この現場で最低限守ってほしい事項」を分かりやすく統一することが重要です。例えば、会社管理端末を使う、アカウントを他人と共有しない、不要になった権限は削除する、不審なメールを開かない、事故や紛失はすぐ報告する、といった事項です。そのうえで、重要なデータへアクセスする会社には、より高い水準の管理を求めるという段階的な考え方が現実的でしょう。
建設現場のセキュリティ水準は、最も対策の進んだ一社だけで決まるものではありません。同じ情報を扱う企業同士が、最低限の水準を共有できるかどうかが重要になっています。
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建設現場で対策を定着させるために企業と働く人ができること
高度な製品を導入しても、現場の人がルールを理解していなければ対策は機能しません。建設業では、本社、現場所長、施工管理者、協力会社、作業員それぞれが役割を持ち、日々の行動へ落とし込むことが欠かせません。
現場所長・施工管理者・協力会社で役割を分ける
情報管理を定着させるうえで大切なのは、「全員で気を付けましょう」という曖昧な状態から脱することです。
会社側では、情報セキュリティ方針を決め、責任者・担当者を置き、利用可能な端末・クラウドサービス・アプリなどの基準を決める必要があります。日建連も、経営者が重要性を理解したうえで管理体制を構築し、責任者を任命し、定期的に状況を確認することを示しています。
一方、現場所長や施工管理者には、本社で作られたルールを現場へ落とし込む役割があります。「この共有フォルダには誰が入れるのか」「退場した協力会社のアカウントが残っていないか」「工事写真をどの端末で撮影するのか」「私物端末へ転送していないか」「図面を紙で持ち出す場合はどう管理するのか」といった点を、実際の作業手順と結び付けて確認する必要があります。
協力会社側も受け身ではなく、自社が保有する端末やアカウント、従業員の教育状況を把握することが重要です。日建連は、協力会社における対策を「システム+ルール+教育」という考え方で整理しています。どれか一つだけでは十分ではなく、技術的な防御、持ち出し・利用ルール、従業員教育を組み合わせることが基本です。
施工王として、建設業界で働く人に注目してほしいのはここです。今後、施工管理者に求められる情報管理能力は、パソコンに詳しいかどうかだけではありません。
「どの情報が重要なのかを判断する」「誰に渡してよいかを確認する」「異常があれば素早く報告する」「現場のメンバーにルールを伝える」。こうした管理能力は、品質・安全・工程を管理する仕事の延長線上にあります。デジタル化が進む現場ほど、情報を適切に扱える施工管理者の役割は大きくなっていくと考えられます。
多言語教育と「毎日の動作」への落とし込みが実効性を左右する
建設現場では、ルールを作るだけでなく、働く人全員へ理解してもらう仕組みも欠かせません。日建連は2026年の啓発資料として、日本語だけでなく、英語、中国語、タイ語、インドネシア語、ミャンマー語、ベトナム語、韓国語のポスターを用意しています。「建設現場における情報漏えい事故例と注意ポイント」の動画についても複数言語版が公開されています。
この取り組みは、建設現場での教育を考えるうえで重要です。複雑な社内規程を配るだけでは、日々現場で働くすべての人に内容が伝わるとは限りません。短い動画やポスター、新規入場者教育、送り出し教育などを組み合わせ、「実際に何をしてはいけないのか」を具体的に伝える必要があります。
例えば、
- 「工事写真を個人のSNSへ載せない」
- 「私物スマートフォンへ図面を保存しない」
- 「不審な添付ファイルやリンクを安易に開かない」
- 「パソコンを離れるときは画面をロックする」
- 「端末や書類を紛失したら、隠さずすぐに報告する」
といった動作レベルまで具体化すれば、ITに詳しくない人にも伝わりやすくなります。こうした内容は、日建連が示す端末管理、教育、事故時の迅速な報告という基本方針とも整合します。
特に「すぐ報告できる文化」は重要です。端末を紛失した人が叱責を恐れて数時間黙ってしまえば、遠隔での利用停止やアカウント無効化などの初動も遅れます。サイバー攻撃についても同じで、怪しいメールを開いてしまった場合には、「何も起きていないようだから大丈夫」と自己判断するより、速やかに担当者へ伝えるほうが被害を抑えやすくなります。
セキュリティ対策は、一部の専門家だけが知っていれば成立するものではありません。現場に入る一人ひとりが、迷ったときにどう行動するかを知っている状態をつくることが実効性につながります。
建設業の情報セキュリティガイドラインに今後求められる課題
現在のガイドラインは、現場運営に必要な基本事項を幅広くカバーしています。一方、技術や働き方の変化は速く、AI、クラウド、遠隔施工、IoTなどを前提に、ルールを継続して更新していくことが今後さらに重要になります。
AI・クラウド・BIM/CIM時代を前提とした情報管理が必要になる
今後のガイドラインで、より明確化が期待されるテーマの一つが「データをどのサービスへ預け、誰がどこまで利用できるか」という管理です。
かつては、情報資産の中心が現場事務所の紙図面や社内サーバー、パソコンだった時代もありました。しかし現在は、クラウドストレージ、施工管理アプリ、Web会議、BIM/CIM、スマートフォン、タブレットなど、情報が複数のサービス・端末を行き来します。
日建連も2024年12月のネットワークガイドライン改訂で、オンラインストレージをはじめとするクラウドサービスの利用拡大を踏まえて内容を追加しています。また、ガイドラインへ準拠しただけで対策が万全になるわけではなく、新たなリスクへ個別に対応する必要があると明記しています。
さらに2026年には、AI利用に伴うリスクがIPAの組織向け主要脅威として初めて取り上げられました。
施工管理の現場でも、生成AIを議事録作成、文書作成、資料要約などへ活用する場面は今後増えていくと考えられます。しかし、便利だからといって未承認のサービスへ発注者情報、図面、施工計画、個人情報などを入力してよいとは限りません。
今後は「AIを禁止するか、自由に使うか」という二択ではなく、会社が利用可能なサービスを定め、入力してよい情報といけない情報を区別し、必要に応じてデータを匿名化する、といった具体的な運用ルールが必要になるでしょう。
BIM/CIMについても同様です。国土交通省は、調査・測量・設計・施工・維持管理まで建設事業の各段階でデータを活用・共有しやすくすることを目的として推進しています。
だからこそ、BIM/CIMデータを「誰が閲覧できるか」「誰が変更できるか」「どの版が正式なのか」「プロジェクト終了後にどこまで権限を残すか」といった管理の重要性も高まります。データ連携が高度化するほど、情報管理は現場の品質管理や工程管理と切り離せない存在になっていくでしょう。
現場ごとのリスクを継続的に見直す仕組みが欠かせない
今後の重要な考え方は、「一度ルールを作れば完成」という発想から離れることです。
日建連の協力会社向け資料でも、情報漏えいリスクを洗い出して対策を社内規程へ反映し、従業員へ周知すると同時に、定期的に見直すことが重要だとされています。経営者や責任者による対策状況の定期確認も示されています。
なぜ見直しが必要なのか。理由は、現場環境そのものが変化するからです。
着工時には利用していなかったクラウドサービスを途中から導入することがあります。協力会社が増えることもあります。現場用Wi-Fiやタブレットを追加する場合もあります。遠隔臨場やWeb会議を利用する機会が増えるかもしれません。
さらに、攻撃する側の手口も変化します。IPAが2026年に示した主要脅威には、ランサム攻撃、取引先を狙った攻撃、AI利用に伴うリスク、脆弱性悪用、標的型攻撃、リモートワーク環境を狙った攻撃、ビジネスメール詐欺など、異なる経路から企業を狙う脅威が並んでいます。
したがって、現場では少なくとも「扱う情報」「利用者」「端末」「サービス」「外部接続」「協力会社」を定期的に棚卸しし、着工時から変わっていないかを確認することが重要です。
これは難しいシステム監査だけを意味するものではありません。「退場者のアカウントが残っていないか」「新しく使い始めたアプリは会社が認めたものか」「共有フォルダを必要以上の人が見られないか」といった日常的な確認から始められます。
現場が変化する以上、対策も変化し続けなければならない。この考え方が、これからの建築業・建設業におけるセキュリティ対策の中心になるでしょう。
建設業のセキュリティ対策は今後どう変わるのか
建設現場の自動化、遠隔化、データ連携が進めば、情報システムは単なる事務作業の道具ではなく、施工そのものを支える基盤になります。同時に、企業間で対策水準を共通の物差しで確認する動きも始まろうとしています。
自動化・遠隔化・データ連携で情報管理は現場運営の土台になる
国土交通省が進めるi-Construction 2.0では、建設現場の省人化と生産性向上に向けて、自動化やデータ連携が重要なテーマになっています。BIM/CIMについても、調査・設計・施工・維持管理を通じてデータを活用する方向が明確になっています。
この流れを考えると、将来の建設現場では「ITシステムが使えなくても紙で何とかする」という考え方が通用しにくくなる可能性があります。
施工管理システムに工程情報が集約され、クラウド上で図面を共有し、現場カメラや各種機器がネットワークへ接続され、遠隔地から工事状況を管理する。こうした環境では、情報システムの停止が現場業務へ与える影響も大きくなります。
その意味で、これからの建設業に必要なのは「情報漏えいを防ぐための対策」だけではありません。
止めないこと。
止まったときに戻せること。
異常を早く発見できること。
関係会社と迅速に連携できること。
この四つを含めて現場運営を設計する必要があります。
日建連がバックアップや復旧訓練、監査ログ、EDR、事故時の連絡体制まで示しているのも、この方向性と一致します。
施工王としては、将来的に情報セキュリティが「IT部門が裏側で担当する業務」から、「現場所長や施工管理者が理解すべき現場マネジメント項目」へ一段と近づいていくとみています。
安全、品質、工程、原価と同様に、「この現場の重要情報を誰がどう守るのか」を説明できることが、デジタル時代の現場管理には欠かせなくなるでしょう。
共通評価制度で取引先の対策水準を確認する流れへ
もう一つ、建設業に影響を与える可能性があるのが、企業の対策状況を共通基準で評価する動きです。
IPAは現在、「サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度(SCS評価制度)」の準備を進めています。この制度は、サプライチェーンを構成する企業の対策状況を共通基準で評価・可視化し、委託元と委託先双方の負担を軽減しながら、全体の水準を高めることを目的としています。2026年10月時点では、★3・★4について2027年3月頃の運用開始が予定されています。より高い★5については、要求事項や評価方法、開始時期が引き続き検討中です。
この動きは、多数の元請・協力会社が連携する建設業とも親和性があります。
これまでは、元請会社ごとに異なるチェックシートがあり、協力会社がそれぞれ回答するといった負担が生じることも考えられました。共通の評価体系が普及すれば、「どの程度の対策を実施している会社なのか」を取引先同士で確認しやすくなる可能性があります。これは制度の目的からみた施工王の見立てですが、建設業のサプライチェーン管理にも影響を与え得る動きとして注視すべきでしょう。
また、IPAは2026年3月に改訂した中小企業向けガイドラインにも、この評価制度の基本的な考え方を取り込んでいます。背景には、個々の会社だけでなく、サプライチェーン全体へ被害が波及するサイバー攻撃が増えているという問題意識があります。
これは中小規模の専門工事会社にとっても無関係ではありません。
情報管理の体制を整え、端末の更新、バックアップ、従業員教育、事故時の連絡体制などを日頃から記録しておくことは、自社を守るだけでなく、取引先へ自社の信頼性を説明する材料にもなっていくと考えられます。
建設業のセキュリティ対策は、今後「問題を起こさないための守り」から、安心してデータを共有し、企業同士で仕事を進めるための事業基盤へと意味合いを広げていくのではないでしょうか。
まとめ
建築業・建設業におけるセキュリティ対策は、もはやパソコンのウイルス対策だけを意味するものではありません。建設現場では、図面、工程表、施工写真、打ち合わせ記録、個人情報、建物内部の情報、技術ノウハウなど、多種多様な情報を元請会社と複数の協力会社が共有しています。日建連も、こうした建設業特有の環境を踏まえ、現場全体、元請会社、協力会社、ネットワーク、スマートデバイスという複数の観点からガイドラインを整備しています。
特に現在は、従来の端末紛失やSNSへの不適切な投稿に加えて、ランサムウェア、サプライチェーンを経由した攻撃、脆弱性の悪用、クラウド利用、AI利用など、考慮すべきリスクが拡大しています。2025年には警察庁へ226件のランサムウェア被害が報告され、感染経路が確認できた事例ではVPN機器やリモートデスクトップを利用した侵入が大きな割合を占めました。企業規模を問わず被害が発生している点も見逃せません。
だからこそ、これから必要なのは「絶対に侵入させない」という発想だけではなく、脆弱性を減らし、端末や権限を適切に管理し、異常を発見し、バックアップを確保し、実際に復旧できるかを確認し、事故が起きたら迅速に関係会社へ連絡できる体制をつくることです。さらに、元請会社だけではなく、一次・二次以降の協力会社を含む現場全体で水準を高めなければなりません。
そして施工王が、建設業界で働く人・これから建設業界へ入る人に最も伝えたいのは、これは決して情報システム担当者だけのテーマではないということです。
施工管理者が図面を共有する。現場監督が協力会社へ資料を渡す。作業員が工事写真を撮る。現場所長が新しいクラウドサービスを導入する。こうした日常業務の一つひとつが、情報管理と直結しています。
国土交通省がi-Construction 2.0を進め、BIM/CIMやデータ連携、自動化をさらに推進していくなか、建設現場のデジタル化は今後も進んでいきます。
デジタル技術を使うこと自体が目的なのではありません。必要な情報を、必要な人が、安全かつ確実に使える状態を維持すること。それこそが、これからの建設現場に求められる情報セキュリティです。
安全管理や品質管理と同じように、情報管理も現場を支える基本的なマネジメントの一つになる。その変化を理解しておくことは、建設会社にとってだけでなく、これからの建設業界でキャリアを築いていく一人ひとりにとっても重要になっていくでしょう。
参照元:
日本建設業連合会「建設現場における情報セキュリティガイドライン」/「元請会社における情報セキュリティガイドライン」/「協力会社における情報セキュリティ対策について」/「建設現場ネットワークガイドライン」/「建設現場におけるスマートデバイス利用に関するセキュリティガイドライン」
国土交通省「i-Construction 2.0」 / IPA「情報セキュリティ10大脅威 2026」「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン 第4.0版」 / 警察庁「令和7年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」
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